「In front of near before」
(終了しました)
「薄い冊子vol22. In front of near before」より抜粋(3)
「すぐそこ」と「もうすぐ」の「接近遭遇」—— 久家靖秀 feat. 冨井大裕・椋本真理子
梅津 元
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一般的には、「限定されるもの」が水であり、「限定するもの」が器であるが、
椋本の《fountain (mix)》と《fountain 3》においては、「限定するもの」が水であり、
「限定されるもの」は、水を一定の「形」に保つ、放たれる水の量と速度と方向である。
冨井の《塵取りの関係》においては、「限定されるもの」は一方の塵取りであり、
「限定するもの」は他方の塵取りであり、なおかつ、両者は入れ替え可能である。
だが、作品としての《塵取りの関係》は、[#2],[#3],[#4]と峻別されているように、
そのひとつひとつが、すべて「別のもの」である。
では、久家の写真において、「限定されるもの」と「限定するもの」は、どのような関係にあるのだろうか。
二階の展示室を出て、階段を降ると、《sunny》との三度目の遭遇が待っている。
階段を降りて、右へと歩みを進めると、正面からゆっくりと接近することができるため、
ようやく、この写真と、しっかり向き合うことができる。
何だかわからない衝撃が、この写真に大きく写っている木が、縦に裂けていることに由来することは、
すでにわかっている。だが、さらなる衝撃は、手前に写っている裂けた木の形が、
奥に写っている木の形と「似ている」ことによってもたらされる。
ここに、久家の写真における、「限定されるもの」と「限定するもの」の関係が浮上する。
手前の木が奥の木に「似ている」のだから、手前の木が「限定されるもの」であり、
奥の木が「限定するもの」であることになる。
ある時、手前の木が裂けたことにより、奥の木と似た形となったことが、経験的に推測できるからである。
だが、この写真を見る時には、まず、大きく写っている手前の木を見てから、奥の木を見ることになる。
二本の木が同時に視野に入るとしても、知覚においては、概ねこの順番になる。
従って、知覚においては、奥の木が手前の木に「似ている」ことになり、
奥の木が「限定されるもの」となり、手前の木が「限定するもの」となる。
この局面には、現実を撮影した写真が、現実を反映しているとは限らない、という事実が示されている。
いまならかわる、この厳然たる事実が、《sunny》を一瞥した時に直観されたからこそ、何だかわからない、
雷に打たれたような衝撃を受けたのだと。
ジェフ・ウォールの名言が降臨する。
「作品のほうが観る者を感じようとしていて、そのとき作品とは私たちに他ならない。」*20、
ならば、《sunny》は、観る者、すなわち、私を、あなたを、感じようとしている、
そして、《sunny》は、私たちである。
だから、私も、あなたも、《sunny》も、雷に打たれたような衝撃を受ける、
そして、《sunny》は裂けることになる、時空を超越する、写真という次元において。
アリストテレスが述べている「知性認識する前」は、現実を撮影した写真が、
必ずしも現実を反映するものではないという事実と、関係しているのではないだろうか。
人間の視覚とカメラという撮影装置の機構の違いであるとか、現像や焼付や出力といった
作画のプロセスの話をしているのではない。
時間的にも、空間的にも、写真は、現実世界と異なる次元に存在している、そのことこそが、重要なのである。
だからこそ、この展覧会に展示されている久家靖秀の写真は、
現実のモノとして出現する冨井大裕と椋本真理子の彫刻を両翼として、写真の時空へと舞い上がり、
写真の次元を飛翔し、めくるめく思考の旅へと、私を連れ出してくれたのである。
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《sunny》の衝撃が、「In front of near before」の謎を解き放つ最後の鍵となる。
「in front of」は「空間的に前にある」ことを示すが、それが「near=空間的近接」と連鎖し、
目の前、すなわち、「すぐそこ」となる。これが「in front of near」である。
「before」は「時間的に前である」ことを示すが、それが「near=時間的近接」と連鎖し、
間もなく、すなわち、「もうすぐ」となる。これが「near before」である。
「in front of」と「before」は、いずれも、「near」を伴うことにより、
「すぐ」を共有する「すぐそこ」と「もうすぐ」へと変換される。
「near」には、さらに、関係的近接、数量的近似、出来事への接近、といった意味もあり、
「すぐそこ」と「もうすぐ」が「似ている」ことに気づき、
「すぐそこ」と「もうすぐ」の「接近遭遇」が果たされる。
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2024/2/8(木)~2/27(火)
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2025.9.16